いのちの時計
撮影地 · ケニア、ツァボ国立公園
ここはツァボ、暑さが居座る前の一日の早い時間。あの場所では、時間はそれ自身の歩みを保ち、私たちの歩みになど見向きもしない。
かつて私は、充足とは道のもっと先で待っているものだと思っていた。けれど今では、それはむしろいまこの瞬間に――ありふれた一瞬の移ろいのなかに、私が十分に歩みをゆるめてそれを感じ取れたときに――宿るのだと信じるようになった。
つらい季節はそれでも訪れ、影を落としていく。それでも光はどうにか射し込んでくる。困難なさなかに小さな喜びがふと顔を出すように。時間は相対的なもので、私たちひとりひとりにとって異なる意味を帯びている。